ニューズレター「企業のためのメンタルヘルス対策コーナー」No.9、No.10(2017年6月号)

[No.9 2017年6月2日号]

Q&A 病気休職中の私用(運転免許取得)を懲戒できるか?

 頸肩腕症候群で休職したオペレーターが、休職中に私用として運転免許を取得していた場合、懲戒処分をすることは問題があるでしょうか。
 →詳しくはQ&Aのページをご覧ください。

 

[No.10 2017年6月15日号]

裁判例と労働法務「30代男性が料理店経営者からの叱責・暴行と恒常的な長時間労働により焼身自殺をした事案」

 本件は、個人経営の料理店において、客室の清掃、準備・後片付け、接客、配膳、パソコンによるホームページや収支の管理等の業務に従事していた30代男性が、経営者からの叱責や暴行を苦にして焼身自殺をしたことから、両親が損害賠償請求をしたという事案です。

 自殺した男性は、仕事の覚えが悪く、幾度注意を受けても同じ間違いを繰り返すので、経営者は、これに立腹し、激しく叱責したばかりか、被災者の左顔面を利き腕である右手で平手打ちをする暴行を2回行いました。2回目の暴行から約半月後にも、同じミスを繰り返したので、経営者が「何でこんなことがわからんのか」などと大きな声で叱責したことから、その夜に男性は身体にガソリンを浴びて火を放ちました。

 福岡高裁判決は、「度重なる注意にもかかわらず同じ間違いを数回どころか数十回も繰り返したという」「属性を有する男性に対し、間違いが重なるごとに注意ないし叱責を繰り返した場合、男性が自己の不甲斐なさを認識していればなおさら、男性に対し過度の心理的負荷ないし自己否定感をもたら(し)」、「叱責の過程で少なくとも2回にわたり顔面を平手で殴打する暴行を加えることは、男性に対するさらなる心理的負荷を与えるものであ」るところ、焼身の当日、「叱責を受けたことを契機として、多数回にわたる注意・叱責を受けながらも同じ誤りを繰り返す自己に対する否定的な評価が高じ、そのような自己に絶望し、その結果、正常な判断能力を失って自暴自棄となり、とっさに本件行為【注:焼身】に及んだ」として、業務との因果関係を認めました。

 そして、同判決は、「業務の遂行過程においても、業務指導の範囲を超えた労力や苛烈な叱責により労働者が心身の健康を害することがないように配慮すべき注意義務を負っている」ところ、経営者は、男性を月80時間前後に及ぶ長時間労働に従事させた上、恒常的な叱責と2回の暴行を行ったことは、自傷行為ないし自殺行為に及ぶことも予見可能であったとして、不法行為を構成すると判断しました。

 他方、福岡高裁判決は、「(男性が焼身)に及んだことが何らかの精神疾患に罹患した結果であると認めるに足りる証拠はなく、それ自体極めて短絡的な行為であると評価せざるを得ず、経営者にとって法的には予見可能性があるとはいえても、通常は想定し難い事態である」として、5割の過失相殺をしました。

 これに対し、一審の福岡地裁判決は過失相殺をしませんでしたが、その違いはどこにあるのでしょうか。

 第1に、時間外労働時間数の認定が、高裁判決は月80時間前後(しかも拘束時間という評価)であるのに対し、地裁判決は月100時間前後としている点です。第2に、高裁判決が、「間違いを繰り返し行ったことについて経営者が注意することは当然であるし、その態様が単なる注意にとどまらず、時として激しい叱責に及ぶこともやむを得ない側面もある」ことを前提にしている点です。第3に、地裁判決が「叱責により正常な判断能力を失っていたこと」を重視したのに対し、高裁判決は「極めて短絡的な行為である」ことを重視した点です。

 長時間労働+上司による叱責・暴行の事案は過失相殺が否定されることが少なくなく、最近のパワーハラスメント単体の事案と比較しても、本件の過失割合は高率であるといえます。福岡高裁判決が叱責により正常な判断能力を失ったと認定したのであれば、「極めて短絡的な行為」と矛盾するような判断をし、5割もの過失割合を認定したことには疑問を覚えます。

 パワーハラスメントの違法性は、一般的に職場内の優位性と裁量の逸脱により判断されます。福岡高裁判決が指摘しているとおり叱責せざるを得ない場面もあるでしょう。とはいえ、企業としては、福岡高裁判決が適示した上記注意義務を負うこと、特に長時間労働との相乗作用があることを踏まえ、上司が部下の人格否定をしないよう、ハラスメント防止の体制整備、管理職の監督・教育などを実施していく必要があります。

 

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