ニューズレター「企業のためのメンタルヘルス対策コーナー」No.11、No.12(2017年7月号)

[No.11 2017年7月3日号]

裁判例と労働法務「地公災基金東京都支部長(市立A小学校教諭)事件・東京高判平29.2.23- 小学2年のクラスを担任した新人教諭が自殺した事案」

 本件は、24歳の新任女性教諭が、学級担任と校務分掌に加えて初任者研修・研修指定校準備、生徒の万引き・いたずらと生徒指導・保護者対応により心理的負荷を受けていたのに職場の支援がなかったことから、約3か月後にうつ病を発病して自殺した事案です。

 東京高裁判決が認定したうつ病の主因は、約3か月間に連続して児童等が引き起こした「事件」とその対応です。一連の「事件」を逐一説明することは控えますが、項目のみを列挙すると、▽梅の実のつまみ食い事件、▽万引き疑惑事件と保護者からの抗議、▽万引き事件とその対応、▽上履き隠し事件、▽トイレへの体操着隠し事件と体操着の洗濯・返還、▽教材費・給食費の滞納などです。

 東京高裁判決は、「一連の出来事が担任になって間もない新任教諭にとって、相当の精神的負荷を与える事象であった」と認定していますが、ポイントは職場の支援がなかったことが認定されていることです。すなわち、特に万引き疑惑事件について、「児童の触法行為の疑いという事柄の性質上、極めて慎重な配慮を必要とし、確たる根拠がなければ児童の保護者等から強烈な反発を受けることも容易に予想され、経験の乏しい新任教諭に判断を任せるのは荷が重く、その対応には上司らから手厚い指導が必要であると考えられるところ、被災者に対してそうした指導が行われた形跡はない」と判断しています。精神障害の労災認定基準(平23.12.26基発1226第1号)は、業務による心理的負荷を生じさせる出来事が発生した後に、職場の支援・協力等(例:仕事のやり方の見直し改善、応援体制の確立、責任の分散等について、問題への対処を含み支援・協力がなされていないなど)を考慮するとしていますが、東京高裁判決の判示からすれば、出来事が発生・拡大する前からの職場の支援・協力が必要となるのです。それでは、新人が「大丈夫」と言ったら静観してよいのかというとそうではなく、判決は、「被災者が周囲からの声掛けに対し、『大丈夫です。』とだけ答えていたからといって、被災者が周囲からのアドバイスを受け入れない傾向にあったと認めることはでき」ないと判断しており、新人が遠慮をしていたとしても、上司や同僚は、「変化」を見極めて、積極的な支援・協力をすることが必要でしょう。

 一方、時間外労働は月60時間前後との認定で、労働の量のみで心理的負荷が「強」であるとは判断されていません。しかし、自宅持ち帰り残業が認定されており、これは労働時間数にカウントされていないものの、東京高裁判決は、「自宅でも相当程度の時間をかけて作業を行っており、自宅での作業は深夜に及ぶこともあったことを考慮すると」、「時間外労働の精神的・肉体的負荷の程度を評価するに当たっては、自宅での作業の存在も加味して評価する」とし、業務の質的過重性として考慮しています。そして、判決は、「小さからぬ精神的・肉体的負荷を伴う時間外労働(自宅における作業を含む。)の負荷が加わっていた」とし、公務起因性を肯定しました。月50時間や60時間の残業でもメンタルヘルス不調に影響を及ぼすとの研究論文がありますので、精神障害の労災認定基準が設定した残業時間数に囚われずに残業時間を減らしていくことが肝要です。

 労働の量と質的負担の両方を減らすべきですが、いきなり残業を停止するなどの措置が現実的でないのであれば、特に新人に対してはサポートを厚くするべきでしょう。

 

[No.12 2017年7月18日号]

裁判例と労働法務「国・半田労基署長(テー・エス・シー)事件・名古屋高判平29.2.23-睡眠障害のあった30代男性が直前1か月間の長時間労働により虚血性心疾患を発症して死亡した事案」

 本件は、救急車の防振ベッド組立てのグループリーダーが、うつ病による早期覚醒の症状が継続する中で発症直前1か月間に80時間超の残業に従事したことから、心停止(虚血性心疾患)により死亡したという事案です。

 本件の争点は、第1に、心電図検査上突然死の可能性があるブルガダ症候群の所見があること、うつ病を発病していることにより、通常業務を遂行することができたのか、第2に、直前1か月間に85時間48分の時間外労働に従事したことが脳・心臓疾患発症との関連性が強いと認められるか、第3に、深夜までのブログ等の掲載や毎日の就寝前の飲酒が睡眠不足を引き起こした業務外の要因であると認められるか、です。

 第1の争点につき、まずブルガダ症候群は胸部第1~3誘導の右脚ブロック様波形とST上昇という得意な心電図所見を特徴とし、労災行政訴訟においては国側から重要なリスクファクターとして主張されることがあります。しかし、業務による過重負荷が認められればブルガダ症候群により因果関係を否定しないのが裁判例の傾向であり、名古屋高裁判決も同様です。また、うつ病により通院治療をしていなかったとしても、通常業務を遂行できており、心停止を発症する寸前であったとは認められないので、この点も因果関係が否定される事由とはなりませんでした。

 第2の争点につき、名古屋高裁判決は、直前1か月間の85時間48分の時間外労働だけでも、「脳・心臓疾患に対する影響が発現する程度の過重な労働負荷である」と判断しました。時間外労働の時間帯に勤怠管理カードとは異なり休憩が確保されなかった時間があることなど記録に現れない残業も考慮し、睡眠不足が脳・心臓疾患の発症との関連につき有意性が認められるとの医学的知見に基づき、被災者は「発症前1か月間において、うつ病に罹患していない労働者が100時間を超える時間外労働をしたのに匹敵する過重な労働負荷を受けた」と認定しました。

これに対し、国側は、医学的に見て、うつ病による早期覚醒が脳・心臓疾患の基礎疾患ではないと主張しましたが、名古屋高裁判決は、「医学的な意味における心疾患の基礎疾患に限らず、何らかの基礎疾患を有しながら日常業務を何ら支障なく就労している労働者は多数存するのであって、これらの労働者が頑健な労働者が発症するに至る負荷ほどではない業務上の負荷を受けて脳・心臓疾患を発症した場合に、労災補償の対象とならないとすることは、労災保険制度の基礎となる危険責任の法理に反し、労働者保護に欠けることになる」とし、国側の主張を採用しませんでした。

 第3の争点につき、名古屋高裁判決は、「パソコン等の電子機器の画面を見ることや飲酒することが入眠を妨げたり睡眠の質的悪化を招くことがあり得るとしても」因果関係は否定されないと判断しました。

 結論として、名古屋高裁判決は、心停止の業務起因性を肯定しました。

 「働き方改革実行計画」は、特別条項の延長限度時間を1年720時間(月平均60時間)とし、この範囲内で一時的に事務量が増加する場合に年6回を上限として過労死ラインを想定した上限規制を設けるとしていますが、これはあくまで刑事上の罰則に関する基準です。名古屋高裁判決を踏まえると、少なくとも月におおむね80時間を超えないようにすることが、民事上の安全配慮義務を履行するために必要です。企業がうつ病による症状や通院治療の事実を知り得たときは睡眠不足となっていることを踏まえ、残業を制限するなどの就業上の配慮をすることが労働法務として重要でしょう。

 

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